沖縄の不都合な裏事情

沖縄はなぜ本土と感覚が違うのか?沖縄が好きになり、移住する人も数年で帰っていくのは、双方が相手の現状や立場を理解していないからだ。

沖縄事情

戦争を起こしたい者達へ

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憲法改正、集団的自衛権に関して盛んに議論されているが、疑問を持たざるを得ない。

論点として取り上げられる憲法第9条だが、私はこれを非常に優れた理想論と考えている。

全ての日本国民は、人を殺すことも殺されることも喜ばない非常に優れた倫理観と一定の知識、教養を持っている。

それを憲法で定義している国は他には無い。

しかし、この9条がある為に日本が窮状に陥っているのも事実ではないだろうか?

 

憲法第9条を変える必要は無い

そもそもこの平和憲法が議論になる時、必ずリベラル政党や団体は、

「日本が戦争を出来る国になる」

「徴兵制に繋がる」

という議論を始め、自衛隊が違憲組織だという展開を作ろうとするが、論点はそこではない。

まず考えて欲しいのが、第9条を守るために一番大切なことは、連日、領空・領海侵犯をしている、中国・朝鮮・ロシアの脅威が無くなる事ではないだろうか?

これらの国が武力を持たず、日本に干渉してこなければ、憲法第9条は存続できるし、自衛隊も必要ない。

平和団体や民主・社民・共産と言った政党は、改憲反対を声高らかに訴えるが、なぜ平和憲法を脅かす元凶の中国や朝鮮でそれをしないのだろうか?私には疑問でならない。

理想を口にするのは非常に簡単な事だが、実際に行動するのは困難が伴う。しかし、それをすべき政治団体が一切を放棄し、ただ文句だけを壊れたレコードの様に繰り返しているだけでは誰も納得しないのではないか?

これら左派政党は是非とも平和憲法第9条を守っていただきたい。その為にまず中国を始め日本の脅威となる周辺諸国へ赴き、反戦・抗議活動をしていただきたいと切に願う。

 

武器を捨てれば平和が訪れるのか?

武力放棄を盛んに訴える彼らの意見は、傾聴に値する物もたまにはあるが、あくまでも理想論と言わざるを得ない。

「武力ではなく、平和的外交で…」

と言うのだが、それならばイスラム国に行き、彼らテロリストと無警護・非武装で話し合い、解決できるはずだが、どの左派政党もそれをしようとはしない。

それは感覚で、武力を恫喝の道具として使う相手とは話し合いでは解決しないと理解できている事ではないだろうか?

否定するのであれば、是非ともイスラム国に丸腰で赴き、話し合いで解決して欲しいところだ。

それが出来ないのであれば、外交努力で全て解決できる等と無責任に発言しないことだ。

 

無防備都市宣言は有効なのか

沖縄でも無防備都市宣言について盛んに議論されていて、竹富町・石垣市・那覇市・大宜味村で議論され、竹富町と那覇市では議会で否決された。

この無防備都市宣言をすれば宣言地域において、攻撃をしてはならない事になっているが、いくらでも抜け道がある。

・すべての戦闘員ならびに移動兵器及び移動軍用設備が撤去されていること

・固定した軍用の施設または営造物が敵対的目的に使用されていないこと

・当局または住民により敵対行為が行われていないこと

・軍事行動を支援する活動が行われていないこと

この条件を満たしていなければ、この条約は適応され無いのだが、戦時という異常事態である。

上記条件を守らない者は不戦地域にも必ず出てくるし、それを見つけ出すのは簡単で、時にはでっち上げる事も不可能ではない。

2015年、共同通信社が行った世論調査で、「仮に外国が日本を攻撃してきた際どうするか」という設問に対し、「非暴力で抵抗する」と答えた方が41%いた。

これは明らかな敵対行為とみなされるため、無防備都市条約は適応されないだろう。

非暴力の抵抗というが、どの様な方法をとるのだろうか?実際左翼思想を持っている方々の抗議方法は、非常に暴力的な面を持っているのは誰の目から見ても明らかで、各地で暴力事件を起こしているではないか?

この条約を完遂する為には、破った当事国には加盟国が経済的・武力的制裁を受けるという担保が無ければ成り立たないだろう。

武力で攻め込んできている相手を無条件に信じ、自分が抵抗しないのだから相手も攻撃しないという性善説は戦時という異常時に通用しない。

 

不服従と無抵抗の違い

この様な話になると必ず持ち出されるのがマハトマ・ガンジーだ。

彼は無抵抗主義と勘違いされているが、実際には非暴力・不服従を信念としていて、左派思想を持っている方が思い描いている人物像とは多少違う点がある。

ガンジーはこう語っている。

私の信念によると、もし、臆病と暴力のうちどちらかを選ばなければならないとすれば、私はむしろ暴力を薦めるだろう。

インドがいくじなしで、はずかしめに甘んじて、その名誉ある伝統を捨てるよりも、私はインドが武器をとってでも自分の名誉を守ることを望んでいる。

しかしながら、私は非暴力は暴力よりもすぐれており、許しは罰よりも、さらに雄雄しい勇気と力がいることを知っている。

しかし、許しはすべてに勝るとはいえ、罰を差し控え、許しを与えることは、罰する力がある人だけに許されたことではないだろうか。

 

戦争という異常事態において、一般的な良識は通用しないという事をガンジーは理解している。

意図してはいないが、二者択一ともなれば武器を取るという選択をすると彼は言っている。

無防備都市宣言とは、侵攻して来る敵に対し100%の信頼を置かなければ成し得ず、その進駐軍が100%の統制を取るのは容易ではない事をイラクに駐留したアメリカ兵の愚行を見れば理解できるだろう。

そして、自らの名誉や家族を守るという強い意志を持ち、それが成し得ないのであれば死をも選ぶという気高き精神を持っている者にのみ非暴力・不服従を語る資格がある。

ただ生かされ、奴隷の如く生きるのであればそれも可能かもしれないが、人間としての尊厳を放棄する事だと理解しなくてはいけない。

沖縄で語られる無防備都市宣言は「無抵抗」だけに焦点を当て、中には「人を殺すくらいなら殺されたほうがまし。」と家族を守る責任を放棄する輩がいる。

我々には家族を守る義務と責任がある。それが究極の選択であってもだ。

それを放棄する輩を私は「犬にも劣る腰抜け」と呼ぶ他無い。

幸いにもこの無防備都市宣言条例は那覇市と竹富町で否決され、沖縄県民が非常に誇り高き人々だと証明される結果となった。

 

戦争を助長している者は誰か

内地でも沖縄でも安保法案に関して大きな議論を呼んでいるのだが、まず我々が考えなければいけないことは、日本の平和を脅かしているのは自民党でも安部首相でもなく、中国・朝鮮・ロシアであり、憲法改正に反対であればまずそれらの国でシュプレヒコールを挙げるべきだ。

武器を捨てれば防衛はできない。

武器を捨てれば好戦的な国が攻めてくる可能性が必ず出てくる。その証拠に中国は戦争がし易いように武力を増強し、基地をどんどん作っている。

中国が丸腰の日本に侵攻しないという保障はどこにも無いし、北朝鮮の軍事力でも丸腰の日本であれば侵略し、占領は可能だろう。

つまり、武器を捨てるという事は戦争を起こしてしまう可能性があるという事だ。

自称平和主義者は自分たちが武器を捨てれば戦争は起きない、しかし、中国等が他国に侵攻するのは別段構わないと思っているのではないだろうか?

日本国民全てが世界の平和を求め、戦争のない世界を希望しているのにも関わらず、こうした自称平和主義団体や左派政党は、戦争の起こりやすい世の中を創りだそうとしている。

戦争を起こしてはならない。だから武器を捨てるというのは危うく、戦争を招いてしまう危険な思想だと考えられない事こそ日本が抱える脅威と言えないだろうか。

戦争は悲惨な事だと全ての人は理解できているが、なぜ戦争が起こるのかを整理して考えようとしている者は非常に少ない。

感情や感覚だけで戦争を考えてしまっていては、またいつの日かあの戦争が再び起こる可能性が出てくる、そうしない為にまず何が日本の平和を脅かしているのか考えてみよう。

それは武器を持つことでも、軍隊を作ることでも、ましてや憲法を改正する事でもない。

元凶は中国、朝鮮、ロシアという不良国家だという事実を理解し、武力を放棄するのであれば、これらの国も同時にそれを行わなければ全く意味が無い事を理解しなければならない。

※追記
不良国家で反戦運動をと記述したが、当事国の法律で、ノービザ・観光ビザで政治活動をすると罰せられる可能性があるので注意して欲しい。

不良国家の大使館が日本にもあるのでそこでしていただきたい。(できる様な人間は左翼にいないだろうが)

ちなみに、シー・シェパードや辺野古で反戦・抗議活動を行っている外国人活動家は明確な入国管理法違反である。

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