沖縄の不都合な裏事情

沖縄はなぜ本土と感覚が違うのか?沖縄が好きになり、移住する人も数年で帰っていくのは、双方が相手の現状や立場を理解していないからだ。

米軍基地問題

基地問題を利用する団体と思考停止している人達

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沖縄米軍基地誘致反対運動が広がりを見せており、それに対して非難する意見も出てきている。

私は、彼らの意見や思想に対してまで非難しようとは思わないが、その手法に懐疑的になってしまう。

自称環境保護団体などは論外として、なぜか反原発派までが沖縄米軍基地問題に入り込んできているのには疑問を持たざるをえない。

原発に対して反対かどうかという問題ではなく、なぜ彼らは沖縄の基地問題に関与したいのか、なぜ事のついでの様に反原発をリンクさせようとしているのか全くわからない。

もし、反原発が彼らの大きなテーマだとすれば、沖縄米軍基地問題は全く関係ないのだが、同様にそれを言い始めるのはなぜだろうか。

 

日本人の極端思想

日本人はとかく極端な民族と言って良いだろう。自称保守の人たちに、「なぜあなたは保守なのか」という質問をすれば、「自分は左翼ではないから」という答えが帰ってくる。

自称革新派に同様の質問を投げかけても、「自分は右翼ではないから」という答えしか帰ってこない。

つまり、○○ではないからこっちという考え方で、これは思想というよりも好き嫌いの問題だけであり、何の思想も主義も無いただの好き嫌いだ。

自分はこの部分に関して、こうだと思う。その事に関して何も言おうとは思わないが、なぜ片方のある部分だけが合致していないだけで、右だの左だの別れなくてはいけないのか。

良い例が反原発派と言えるだろう。

彼らが言っていることは別に悪いことではない。現実離れしている部分が多いが、理想的な事を言っている。こういう層は国を形成する時、必ず必要な反対意見だが、彼らはなぜか左翼的な団体に感化され、戦争反対、憲法改正阻止、沖縄米軍基地撤退などと言い始める。

初めは原発問題に対してだけ問題を感じ、それに対して憤慨し立ち上がった人なのに、なぜ他のことまで手を出そうとするのだろうか。

山本太郎議員も反原発が立候補の大義名分だったのにも関わらず、いつの間にか沖縄米軍基地問題に関与し始めているのは、他の左翼主義者に感化されてしまったという印象しか受けない。

反原発ではあるが憲法改正に対しては一部改正なら賛成などという意見は全く聞かれず、ワンセットで反対と言い始めるのは特定団体に感化されてしまった、自分で考える事を放棄してしまった人という印象しか受けない。

 

保守と革新の存在意義

保守層も同様で、憲法9条改正を支持している人は大抵原発賛成の意見を持つのはなぜか。確固たる信念があってそう思っているのではなく、「左翼主義者とは反対意見でなくてはならない」と思っているだけではないだろうか。

両者の考えている事は意見や思想ではなく、単に好き嫌いの話というだけだ。

まず考えなくてはいけないのは、保守とは何か、リベラル(革新)とは何かという点で、これをはっきりさせよう。

保守とは現実主義者という意味合いを持つ。すべての事柄に関して現在の国家運営の中で現実的に物を考える人を保守と呼ぶ。

現在、日本で保守を自称している人はどういう層だろうか。単に韓国中国が嫌いだから保守。左翼が嫌いだから保守と言っているだけで、現実的に考えて発言をしている人は非常に少ない。

リベラル層は大いなる理想がなくてはならないのだが、実際にやっていることは、嫌なものは嫌という子供の様な言い訳に似たことしか言っていない。

この両者が噛みあうことは未来永劫無いだろう。それが日本の現実であり、大きな問題と言える。

 

団体に動かされる民意

沖縄の米軍基地問題においてデモを行う人達を報道などで見ることがあるが、私はそれに対してその人達の意見であるため、非難しようとは思わない。しかし、不可解な事が一つだけある。

なぜ彼らは団体名の旗を持っているのだろうか。

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沖縄の民意と言うなら、団体の旗は必要ないではないか。なぜ団体の旗が必要なのかその理由を沖縄のとある組合の地域幹部に聞いてみた。(団体名は公表しない条件なので伏せる)

「組合は力を持っていなければ、団体交渉ができない。つまりどれだけ自分たちが力を持っているのかをアピールする必要がある。その為に団体旗は必要だし、動員数が必要になってくる。」

「全ての組合員が同様の意見を持っているわけではなく、組合の力を見せるためのデモンストレーションと言って良い。」

少し冷静に考えれば分かることで、会社に入社した時、組合に入らなければいけないという空気が無いだろうか。

もし組合に加入している人全てが同一の思想を持っているとすれば、この国は共産主義になっているはずだ。

つまり、基地反対だとかそういう思想があってやっているわけではなく、団体の思惑で動いているというわけだ。

 

 

沖縄基地問題は、こうした団体がデモンストレーションで利用する事、それを信じ、「かわいそう」という議論にならない論点で物事を考え、彼らの意見は全て正しいと信じる人、そしてそういう人が嫌いだから反対意見だという人がいる事だ。

私達沖縄県民が真に思うことは、沖縄の問題を出してくるなら真剣に考えて欲しいという事であり、自分の主義主張を通すために沖縄を利用しないで欲しいという事だ。

以前私が投稿した記事 放射能から逃げてきた人達 に対して「めんどくさい」という意見を聞いたことがある。

日本人は言い訳をする時、この言葉を使うようになった。

自分ができない理由を、「できません」「わかりません」と言えず、「めんどくさい」と言えば、できるけどしないだけという意味に取ってもらえると思っているのだろう。

日本人はいつからこの様に考える力が無くなってしまったのか。

教えのない神道を持ち、自ら考え、創り出してきた偉大なる民族が「めんどくさい」という言葉で思考停止しているのはなぜだろうか。

奴隷にも「考える」という自由があるが、それを放棄しているのはなぜだろうか。右だの左だの言う前に、聞きかじったことをそのまま自分の言葉の様に知ったかぶりをして言う前に、まず自分で考える事が日本人に今必要なことだろう。

▶次の記事「頭にくるナイチャー」

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